菅生石部神社
すごういそべじんじゃ
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81
585年に加賀で病が流行し、その際に宮中で祀られていた菅生石部神が勧請されたと伝えられている。
もともとは越前国三宮として祀られていたが、その後、加賀国二宮になり、北野天満宮の領地として福田の庄と呼ばれていたことから、天神信仰が盛んであったという。
また斎藤氏発祥の地のひとつということもあり、斎藤氏の氏神として美濃にも多く勧請された。
入口に立てられた石造の明神鳥居を潜り石段を進むと、江戸時代に建てられた神門がある。
1824年に建てられたこの神門は、建仁寺流の宮大工、山上善右衛門嘉弘の系統の7代目吉順の建築という。
大聖寺の藩主や町人などから寄進されて建てられたもので、大聖寺藩と加賀藩の大工棟梁を動員して建築に当たったという。
もともとは桟瓦が屋根に葺かれていたが、昭和5年の修理時に銅板葺となった。
社殿は正面に、千鳥破風付の入母屋の拝殿。
その背後に三間社の本殿が建てられている。
どちらも銅板葺の社殿で、大きく目立った彫刻は見られないものの、素木の落ち着いた造りになっている。
境内社には菅原社をはじめ6つの社殿が建てられている。
所在地 | 石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81 |
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ホームページ | http://www.tenjin.or.tv/ |
祭神 | 菅生石部神(日子穂穂出見命・豊玉毘賣命・鵜葺草葺不含命) |
神門 | 市指定文化財 文政7年(1824) |
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大工 | 山上善右衛門吉順 |
建築様式 | 3間1戸 楼門 銅板葺 |