加茂神社
かもじんじゃ
長野市鬼無里東京
長野市から裾花を通り、白馬へと続く道の途中にある旧鬼無里村。
加茂神社はその東京地区に位置している。
白鳳13年(685)、天武天皇がこの土地に皇居を移す遷都の計画を立てたといわれている。
その際、地検分に派遣した三野王が加茂大神宮の称号を与え、この地域に勅使の館を建てたという。
高い斜面に建っている加茂神社は、入口に木製の両部鳥居を構え、左手に入母屋造の神楽殿が建てられている。
北信地域や、中信地域の北側で、あまり大きくない規模の神社で見られる配置で、生坂村の諏訪神明社も同様となっている。
拝殿の背後で覆屋に囲まれた本殿は、江戸時代に建てられた一間社流造。
本殿向拝の柱上部の彫刻は、渦と若葉の文様が彫られている。
長野県内では、18世紀になると、この文様の彫が深くなり、若葉も複雑で伸びるようになる傾向があるという。
頭貫中央の蟇股には牡丹の彫刻、母屋の羽目には彩色された波・鯉か、菊水の彫刻が見られ、こういった技法は18世紀か前期から中期の様式と見られているという。
所在地 | 長野市鬼無里東京 |
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ホームページ | なし |
祭神 | 健御雷命・健御名方命・天恩兼命 |
本殿 | 市指定文化財 寛文・延享期 棟札 |
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建築様式 | 一間社 流造 柿葺 |