生島足島神社
いくしまたるしまじんじゃ
上田市大字下之郷中池西701
上田市の塩田平、日本の中央といわれる生島足島神社。
本殿の内殿や、歌舞伎舞台が長野県の県宝に指定され、境内社の諏訪社が市指定文化財にもなっている建築的にも有名な神社だ。
500mほど離れた田の中に大きな両部鳥居の一の鳥居が建ち、上田市から松本市へ抜ける交通量の多い道路の脇に二の鳥居を構えた社殿が建ってる。
正月などの年中行事にはたくさんの人が訪れ、露店も並ぶ県内でも有名な神社のひとつで、平日からも参詣の人が見られる。
本殿の周りを水を張った堀で囲み、東西に四脚の門が建つ。
たくさんの人が訪れるだけあって、参道には滑り止めの筵が敷かれ、本殿内も奇麗に整備されていた。
他の神社では、素木の少し誇りっぽい大きなものが文化財的な雰囲気をかもし出しているけれど、生島足島神社については、朱色と白壁の鮮やかな雰囲気を感じさせてくれる。
延喜式には「明神大社」として知られているらしい。
県宝の本殿内殿は、もともと屋外に建っていたもので、それが19世紀頃に今の本殿が覆屋として建ち、現在は内殿になったそうだ。
内殿内部は、向って左側二間が内陣、右側一間が外陣となっている。
内陣の周りの大部分は板壁で、内外陣境に片引き板戸の潜り戸がある。
西妻は、現在は壁も戸もない開放状態だが、当初は向拝があったのではないかと考えられているそうだ。
床は内陣・外陣とも土間となっており、内陣の土間が御神体とされている。
主要な部材は欅で、表面は手斧仕上げの上を丁寧に削り磨いている。
外面した部材の一部には朱などで彩色した跡が残る。
軸部は、粽・礎盤・大瓶束等を用いた室町時代の様式だという。
社地の南側にある摂社諏訪社本殿は白壁に朱色の部材が用いられた鮮やかなものとなっている。
全体の形式は、中規模の一間社流造で、屋根は緑青のついた銅板葺。
現在の塗装は近代の塗り替えなのだそうだが、当初からこのような塗装がされていたと考えられている。
各部分の様式は、向拝は大面取角柱をもちい、頭貫木鼻は絵様木鼻、組物は実肘木付三斗中備は彫刻入り本蟇股(正面竜、背後波・雲)。
また、頭貫の下に虹梁形の飛貫を入れ、その木鼻に素朴な象の彫刻を入れているのは、他に例の少ない手法といわれている。
母屋とのつなぎは、海老虹梁と絵様手挾をかさねて用いる。
母屋は粽付円柱を頭貫・台輪(禅宗様木鼻付)でつなぎ、組物は実肘木付三斗とする。
中備は、正面は彫刻入り本蟇股(雲に麒麟)、側背面は蓑束である。
妻飾は虹梁上に大瓶束を建て、拳鼻をつける。
軒は二軒、繁垂木で、反りと増しがあり、脇障子は障子に壁画を描き、竹節欄間内に熨斗結びの透し彫りが入る。
諏訪社の彫刻入りの本蟇股等は、桃山様式であるけれど、象の木鼻・海老虹梁などに室町末期の様式をとどめていると考えられる。
所在地 | 上田市大字下之郷中池西701 |
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ホームページ | http://www.ikushimatarushima.jp/ |
祭神 | 生島神・足島神 |
本殿内殿 | 県宝 天文年間(1522~1555) |
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建築様式 | 桁行3間 梁間2間 切妻造 厚板張り |
摂社諏訪社本殿 | 市指定文化財 慶長15年(1610)棟札 |
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祭神 | 諏訪明神 |
大工 | 宮坂勘四郎 |
建築様式 | 一間社 流造 銅板葺 一棟 |